当研究室へのいざない

* 未来開拓のためのプロセスシステム工学
* 感性工学へのアプローチ
* 環境や人にやさしいものづくり
* ものづくりに関わる最適化手法の展望

清水 良朗


 システム創製研究室では、プロセスシステム工学のパラダイムに基づいて合理的な生産シス テムの効率的構築を可能とするための解析・合成法や方法論の開発ならびにその応用に関わる研究を 行います。(Production Systems Engineering on Process Systems Engineering=PSE2) ここでプロセスシステム工学とは、文字どうりには、プロセスやシステムを対象として、シス テム的思考に基づいた解析、計画の立案、運用や制御法の策定に関する考察を主題とする学問 分野といえますが、もう少し具体的に示したのが下の図です。



Fig.1 プロセスシステム工学のパラダイム

 科学Z術の発展にとって社会との関わりを無視できないこと、しかも近年、その関係が富 に密接になってきていることには異論がないものと思われます。そうした社会との関わりは、 科学Z術の分野の階層にあって、抽象性の高い理論の領域よりも具体的な応用においての方 がより深く種々の影響を受けるものと考えられます。プロセスシステム工学は、社会システム からの種々の要請や制約の下で、対象システムごとの問題解決の特徴をできるだけ一般的に抽 出する一方で、問題解決が拠り所とする範疇の理論を、抽出された特徴を取り扱うのに、特に 便利であったり効果的になるように、特殊化したり、特定化したり、あるいは組み合わせて、 問題解決のための新しい方法論を創製するような学問分野だといえます。

 ところで社会からの要請は時代と供に変化しますから、それにかなった新しい方法論が常に 求められることになります。言いかえますと研究対象は、尽きることがないというのがプロセ スシステム工学を専攻するものの強みの一つになります

こうした観点を言い換えますと、学問分野としてのOR、最適化、意思決定における 理論(Top level)を、具体的な研究対象としての次世代型の生産計画や生産管理・ス ケジューリング(Bottom level)の実現のために、システム解析、システム合成および シミュレーションなどの一般的な方法論(Middle level)として展開することである、 といえます。特に、次世代型のシステムに求められる大規模性や環境調和性を充分に 配慮するためには、個々のサブシステムをエージェントとみなし、それぞれの自律性 やシステム全体としての目標達成のための組織化の機能に注目することが大事だと考 えています。さらにこうしたシステムの開発には情報技術が不可欠でありコンピュー タ活用とともに、次世代を担うエンジニアの基盤の資質として求められる重要な要素 と考えています。

  ところで、辞書によりますと「創製」とは、「初めてものを作り出すこと」と説明さ れています。従来の生産の解釈では、ものとは有形の製品と思われ勝ちですが、今後 の情報化社会にあってはむしろソフトウェアやサービスやシステムなどの一見無形の 製品の生産に重点が移されていくと予想されます。システム創製はこのように新しい 生産システムのパラダイムを視野に入れて研究を行っています。

 さて、最後に研究室で身につけてほしい研究姿勢について少し述べたいと思いま す。まず第一は、5W1H(Why,What,Where,When,Who,How)を明確にして、問題解決を行 わなければ、真に有用な成果は得られないということで、このことは対象−喘湶、評価−価値観、 決定−方法論の全般にわたって、システム指向に基づく問題解決(Systems approarch)の重 要性を指摘しているともいえます。

 しかし、人間の思考範囲は有限であり、科学技術にも限界がありますからおのずと考察範囲 は限定されることになります。この考察範囲、システム境界の存在を認識することと、その設 定の仕方もたいへん重要な問題といえます。システム境界内での最適化(最良決定)は、あく まで便宜的に与えられたシステム境界での条件が一定であるときの結果にすぎないこと、しか も境界での条件は不確定か場合が少なくないことをしっかりと忘れないようにする必要があり ます。条件や範囲が変わればまた結果も変わってくるものであること、言い換えれば部分最適 化の結果は大域最適化の結果と必ずしも同じでないことをよく知った上で、広い視野からその 有効性の範囲を判断することが重要で、これが第二の点です。さもないと、実質的には役にたたなかったり、さらには誤った判断を導く 危険性もあります。21世紀に向かっての最重要な地球環境問題はこうした典型的な例の一つ と言えます。

 当研究室では、こうした観点から研究テーマに取り組み、 取り組もうとしています。これまで述べた点から、研究テーマは何もこれらに限られるものではありません。これらをより発展させるのもよし、新しいテーマを見つけるのもよし、真摯な議論を通して皆さんも自分自身で発見した問題解決にチャレンジしてみませんか。



月報東三河、Vol.348, No.12, pp.3-5 (1998)

未来開拓のためのプロセスシステム工学 −知足のシステムズアプローチ−


1.テーマの内容と未来開拓のキーワード


システム工学はすでに様々な分野で認知されている。それに対してプロセスシステム工学は、私の恩師である京大名誉教授の高松先生が1970年代に提唱されたもので、化学工学における単位操作をベースにして、その中で装置の制御や設計をいかに合理的かつ最適に行なうかを対象として生み出された学問体系である。プロセスシステム工学は、制御工学に対してプロセス制御があるように、システム工学に対してプロセスシステム工学があるのであって、対象をよりよく知り、それに適合するような最適化技術をアプライする学問体系だと考えている。従って、理論というよりは方法論であり、さらに、アプリケーションを前提としてものを考える研究分野である。

本日のタイトルのもう一つの意味をなしている未来開拓について、そのキーワードは、一つは経済をどのように発展させていくかであり、もう一つは環境問題、そして最後に人間の問題だと思う。そこでそれら三つのキーワードのそれぞれの領域が重なるところ、例えば経済と人間が重なるところでは、生産現場の中でいかに人間が安全性を確保しながら満足感を持って生産活動を行なうかという問題、人間と環境との共通部分では、アメニティをどう考えるかという問題、経済と環境の共通部分では、いかに環境に対して負荷を出さない生産システムを作っていくかという問題がそれぞれ存在する。そしてこの三つの部分が同時に重なったところが、いわゆる「継続ある発展」に相当する。

これらのキーワードに共通する点は、一つは生産から廃棄までというライフサイクル全体を見て考えるべきであることと、もう一つはローカルでなくグローバルに考えるべきであることであり、従ってビジョンメーキングする時の価値観は必然的に多様化してくる。さらにこうした問題は、必ずしも数式で処理できる良構造の問題ばかりではないので、数式で処理できない悪構造のシステムに対しても、なんらかのアプローチが必要であるという点が挙げられる。また、先ほどの問題を解決するための視野の持ち方としては、以前と違って現在は考察範囲が広がり、要求される限界線がシフトしたために、ローカルオプティマでは不十分となってきており、より広い範囲でグローバルなオプティマが求められている。そしてそれに対応するために、一つはいかに迅速に決定をするか、もう一つは大量にある情報をいかにデータを標準化して有効利用するかを考えることが必要で、これら二つが、グローバルでライフサイクルを考えたシステム開発に求められている主要な要件であると考えている。言い替えれば、システム・アプローチがこれらの問題を解決するために非常に重要だと思われる。



2.大規模システムの多目的最適化



2.1 多目的最適化

大規模かつ複雑なシステムにおいて、多様な価値の下で合理的な決定を導くための手法として多目的最適化がある。単一の最適化の場合には、線形計画法、非線形計画法、整数計画法などを使って、一定の制約条件の下で評価関数を単に最大(最小)とすればよい。しかし多目的最適化の場合には、複数の評価関数が競合する点と各評価関数に共通の尺度がない点に大きな特長があり、求解は単純でない。この問題に合理的な決定規範を与える一つの考え方がパレート最適解であり、それは数学的な構造の中で決まってくる。

次にそうして得られた答えに対して、限界代替率などを用いることによって人問の価値観をいかに反映させるかが、解法の最大のキーポイントになる。これには様々な解法が提案されているが、対話的解法の基本的な構造は、図1のようになる。まず、暫定解の何らかの存在状況に関する情報を示し、それに対して決定則を適用して暫定解を出す。その達成の程度を人間が判断して、満足できればその段階で作業は終了するし、満足できない場合には、調整範囲を提示して、今のループを繰り返す。このようにしてあたかも計算機と人間とが対話しているような格好で解が求められていくのである。



2.2 グループ意思決定

ここまでの話は個人の決定だが、複雑な社会と関わりの深いシステムを取り扱おうとすると、個人の決定から複数の人間(グループ)の意思決定という問題が発生する。多目的最適化手法の拡張として、グループ意思決定の問題に有効に対応ができるが、グループごとに価値観が異なるということと、決定力に影響を及ぼす種々の側面が存在する、という特徴に留意する必要がある。また代表的な対象としては、裏庭問題がある。そこでの解法の要点としては、情報の公開とコンフリクトの解消過程の透明化ということがポイントだと考えており、いわゆるリスクコミュニケーションや互譲の精神を盛り込むことによって、効果的な問題解決ができる。



2.3 価値観の計測

もう一つの関連する問題として、価値観の計測がある。これは、人間の価値評価を客観化するため、これを数値化しようということで、ニューラルネットワークによる計測に取り組んでいる。これがうまくできるようになれば、情報過多の社会の中で、異常の見過ごし(データ解析の信頼性の向上)、不良品として廃棄される資源損失、不要な情報として棄却される機会損失の防止などに応用でき、機械、ロボット、エージェントなどの知能化につながる。



2.4 悪構造問題

現実には単純に数式で解を出すことのできない悪構造の問題が多いので、これらに対して何らかの最適化、あるいはその前段階の満足化を与える解法をソフトシステム工学として開発していきたいと考えている。そのために、一つの解を求めるよりも幾つかの分布した複数の解を求めた方が良いというような発想から、自律分散で協調型の問題解決法を考え、そして理論よりもメタビューリスティックなアルゴリズムをベースにした幾つかのアプローチにトライしている。



3.ライフサイクル工学の確立に向けて



これからは大規模なシステム、特に環境問題について、

@経済大国としての世界的な責任論

A深刻化した廃棄物問題

B資源枯渇の不安の増大

C地球温暖化、異常気象の実体験

などの理由から、どうしても考えていかなくてはならない。従って、地球環境問題に対応するための、ライフサイクル工学が必要になってくるので、これをひとつ確立したいと考えている。すでに、我々は化学工学を中心とした一つのグループ作って、次世代の化学プロセス、技術評価などについての議論を始めている。

図2はそこで検討されているライフサイクル工学の全体的な構想図である。これから科学はまだまだ発展するだろうし、それに伴って、省エネや省資源、安全性などに対する要求は増加する。こうした社会の要請に応えつつ、新しい技術をうまく取り込んで、創出や再構成が簡単な、種々の問題に対して頑強に対応できるインターフェースとしての機能を持つシステム開発を目指している。このためモデリング手法や総合的な評価基準、データベースマネジメント、そしてその上に立つ意思決定支援をどうしたら良いかということを考えている。

具体的には、製造から運転、そして廃棄までというプラントのライフサイクルと、そこから生産されて消費され、廃棄されリサイクルされるというプロダクトのライフサイクルを同調させた枠組みを考える。そして情報の流れと物の流れをよく見て、下流からの情報を上流に戻し、デザインやプラント建設をしなければいけないと考えている。丁度、インバースエンジニヤリングと言われている部分と関連してくる。そうした視点からのモデル化手法として、IDEFO(Integrated computer aided manufacturing DEFinition)という、アメリカで軍用機を発注する際の組織間のやりとりを共有化するために用いられた構造モデリング手法に注目している。またその他にも、いろいろあるがライフサイクルを全体に見て、環境のインベントリーを評価する手法も取り組んでいこうと考えている。



図 2 ライフサイクル工学の構想図





4. 知足のシステムズアプローチ



井上信一氏は、財を分子、欲望を分母とする幸せの方程式を示し、財を大きくするかまたは欲望を少なくすることによって経済的幸福が実現するという考え方を示した。欧米はこれまでどちらかというと財を大きくすることによって幸せを求め、逆に東洋の仏教的な発想は欲望を抑えることによって幸せを大きくしてきたと述べている。その上で、今後、環境問題云々を考えるためには東洋的な思想が重要であると指摘している。

この経済的幸福を社会の発展または生産効率で置き換えると、分子に生産、分母にロスが来る。ロスを少なくして生産を上げれば生産効率が上がり、社会が発展するということになる。バフルの頃は生産をどんどん上げることに執着していたし、近年に至っては、環境配慮に腐心している。ところが、そうした努力も現実には飽和状態で、さらなる省エネルギ、廃棄物低減化は困難になってきている。ところでボータ仮説のように、厳しい条件が与えられることによって技術革新が生まれることから、それをてこにして発展させようという考え方も一方にあるが産業全体からみて、これもやはりなかなか現実的とはいえない。

そこで、そうした飽和状態を前提とした場合に、環境負荷や人間性といった従来無視していた要因にももっと着目することによって価値観を変える必要がある。これらの要因をそれぞれ分子・分母に加えた新しい方程式によれば、負荷を低減し、人間らしさを高めることで値を大きくできる。この考え方の方が、ボータ仮説よりも今後の時代に合うのではないかと思う。要は、高度発展はもう望むべくもないのだから、成熟発展へと価値観を変えていくのがよろしいのではないか。まさしくこれは「持続ある発展」の現実的な達成法の一つだと私は思っている。

知足とは、足るを知る者は富むという老子の教えで、満足することを知っている者は、たとえ貧しくても精神的には富人で豊かであるという意味である。その知足を見いだす視点として、多目的最適化と、ライフサイクル工学に関してお話をさせていただいた次第である。

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東三川産学交流サロン講演要旨
平成10年11月9日(月)
ホリディインプラザ豊橋において


未来開拓のためのプロセスシステム工学  - 知足のシステムズアプローチ -  (ps file 182 kb)

感性工学へのアプローチ


昨今の大量生産の時代から、消費者のさまざまな要求に応じた多品種少量生産の時代を経て、いま消費者一人一人の好みにあった"ものづくり"が展望され始めています。


そのためには、消費者の商品に対する好みを適確に知ることが必要となります。一例としてこうした好みといった感性を科学的に分析し、工学的に利用しようとする学問領域は感性工学として、近年多くの関心が集められてきています。こうした感性工学と強い関わりをもって現在取り組んでいる研究テーマを以下に簡単化し、わかり易く示してみます。


"あなたの好みをモデル化し、好みのものを描き出す"


このため、まずあなたに次のような質問をします。


いま、@からDまでの番号のつけられた花の絵があります。


このうち@とAのどちらの花がどの程度きれいと思いますか。次の中から答えてください。


@の方がAより(Aの方が@より)

{ 極めて、 非常に、 結構、少し、 同じくらい}きれい.


では、次に@とBを較べた時はどうですか。


表1 一対比較における変換表
言 葉 に よ る 表 現 数値
同じくらい 1
少し 3
結構 5
非常に 7
極めて 9
上記の中間程度 2,4,6




こうした比較(一対比較と呼びます)を繰り返して得られた結果を、上の表1のような変換表を使って数字におき替えることで下の表2ような一対比較の結果の行列が得られます。ただし、ijが同じなところは、必ず1となりますし、jiの関係はijの関係を反対にしたものと考えますと、実際には、ijの全ての組について評価する必要はなく、下の表で網掛けをした10回だけでよいことになります。



表2 一対比較行列

 
i j 1 2 3 4  5
1 1 1/3 1/5 1 3
2 3 1 1/3 1 3
3 5 3 1 5 7
4 1 1 1/5 1 3
5 1/3 1/3 1/7 1/3 1


ここでi行j列の数字は、あなたの好みに応じてi番の花がj番のものよりどれだけきれいかを表わしています。(分数の場合はj番の方がきれいことを意味します。)従ってこの行列は、あなたの好みを集約したものであり、感性(好み)をモデル化する貴重なデータの源になっています。



これを人の頭脳にヒントを得た(人工頭脳モデル)ニューラルネットワークを用いてモデル化をしてみましょう。この間の手順について述べることは省きますが、このモデルに基づいてもっともきれいだと感じる花を描いてみますと、次のようになります。

どうでしょうか? これは表2での結果に基づいたものですが、葉の付き方が、バランスが最も美しいといわれている黄金分割比に近いものになっています。あなたにとってもきれいと思いませんか。



こうしたモデル化は、機械(計算機モデル)に知能を与え、先にも述べた商品設計の他にも以下に示すような状況での応用において有効に利用することが期待されます。



(1)異常の見過ごし (データ解析の信頼性向上)

(2)不良品として廃棄される資源損失 (機械的自動判別における歩留まり向上)

(3)不要な情報として棄却される機会損失 (電子取引きにおける商品の選択幅の有為な拡大)



最近、来たる情報社会に備えてインターネットで検索者の本当に必要な情報を誰でもが簡単に取り出すためのソフトウェアーの開発研究がスタートしたということです。ここでのアプローチは、そうした応用にも適用できるのではないかと思っています。


環境や人にやさしいものづくり

豊橋市市民大学トラム講演資料(PDF file 5.9 Mb)
平成14年3月6日(水)
A2-101教室において

ものづくりに関わる最適化手法の展望

第八回産学官技術討論会資料(PDF file 809Kb)
平成15年2月22日(土)
豊橋商工会議所において



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